まざりあいのまち イスタンブール。


トルコ・イスタンブール。

かつては
コンスタンティノープルという名で
キリスト教国であるビザンティン帝国と
イスラム教国であるオスマントルコ帝国の首都として栄えました。


ここはアジアとヨーロッパの「果て」であり
お互いの文化が混ざり合い独特の雰囲気をつくってきた
文化交流の「中心地」でもあります。




4年前に家族で一度この街を訪れたのですが
そのときにエキゾチックな雰囲気に完全に魅了され
今回の旅でもやはりどうしてももう一度行きたいと思い
再訪を決めました。




トラムも走るイスタンブールの街並は
ヨーロッパに近いです。

















夜のイスタンブールを照らす
このトルコランプの灯りがなんとも言えません。









アヤ・ソフィア。
ビザンティン帝国(東ローマ帝国)時代にはキリスト教の聖堂として利用され
オスマントルコ帝国時代にはイスラム教のモスクとしても利用された
まさに文化混在都市イスタンブールの象徴です。
現在は博物館として一般公開されています。




建築はキリスト教会の様式のままですが
オスマントルコ帝国時代に
内部にアラビア文字で預言者の名を記した円盤
聖地メッカの方角を示すミフラーブ
説教壇ミンバルなどが設置されました。





偶像崇拝を禁止するイスラム教では
このアヤソフィアにあったキリスト教のモザイク画を
漆喰で塗り固めてしまいます。


しかし現代になり博物館として公開されるようになってから
修復作業が進められ
今ではビザンティン帝国時代のモザイク画を見る事ができます。


モスクの中で
こうしてキリスト教のモザイク画を見られることに
複雑な歴史を辿ってきたこのアヤソフィアや
イスタンブールという街の計り知れない魅力を感じずにはいられません。









モザイク画は近くで眺めると
その技の細かさがよくわかります。








トプカプ宮殿。
オスマントルコ帝国の宮殿。






やはりイスラム建築の美しさにはため息が出ます。







地下宮殿。
暗い水面にライトアップされた大理石の柱たちが
幻想的な雰囲気を作りあげています。
ここはビザンティン帝国時代から貯水池として使われていた場所です。





旧市街からぶらぶらと歩き
釣り人がひしめきあう
ガラタ橋を渡ればそこは新市街。



こちらはイスティクラル通り。
イスタンブールの繁華街です。
京都の四条通的な通りですね。
四条通元気かな。





そんなイスティクラル通りで
魂込めて熱唱していた彼。


目閉じて 体たたいて 声枯らして
全身全霊で表現していた。



自分を素直に表現できるって
素晴らしい事だなと思いました。
シンプルに生きてるなーと。



自分にウソをついて生きると
しんどいですからね。


自分の心に
素直に生きていきていこーよと
彼に教えられた気がしました。





ビザンティン時代に灯台として建設されたガラタ塔。
この上からはイスタンブールの街を一望できます。

















どやさ。


夕暮れ時のイスタンブール
幽玄なるひと時。





最後に僕のイスタンブールとっておきの場所を。
















スルタンアフメットジャミイ。
通称ブルーモスクと言われているモスクです。

意味は多分
スルタンアフメットじゃ 見い!
ってことでしょうね。




本当の意味は
スルタンは簡単に言えば王様という意味
アフメットは王様の名前
ジャミイはトルコ語でモスク
つまりつなげるとアフメット王のモスクってことです。





トルコのモスクは外国人(異教徒)でも
基本的に内部を見学させてくれます。
厳格に戒律を守っている国では
モスクの中を観光目的で見学できないことが多いので
そういう意味でもトルコは外国人からするとありがたい国です。



このスルタンアフメットジャミイ
世界で最も美しいモスクとも言われているモスク。





モスクには欠かせないミナレット(尖塔)と呼ばれる塔。
1日5回の礼拝の時にこのミナレットから
アザーン(祈りの呼びかけ)が聞こえてきます。


イスラム教国に行けば
どこの街でも1日5回
歌うようなアザーンの声を聞く事ができます。

拡声器を使っているのでその美しい声は街中に響き渡ります。
僕は特に夕焼けとマッチするタイミングで聞くアザーンが
胸に染み入り大好きなのであります。




さてさてスルタンアフメットじゃ見いの内部へ。
じゃ見い!









この空間の美しさを表す言葉を僕は知りません。




イスタンブール滞在中
あまりに気に入りすぎて
3回ほど訪れたのですが
ここへ行くのは夜がオススメです。

午後9時頃に行くと観光客も少なく
数人の信者の方々がお祈りを捧げておられます。
昼間は入場に並ばないといけないほど混雑します。
(入場料は無料です)








 
観光地としても有名ですが
あくまで神聖な祈りの場です。




アラビア語勉強したいなー。
アッサラーム。






























記念の一枚。
また来ます!スルタンアフメットじゃ見い!




イスタンブールほんまにいい街やったなぁ。
1回来ても 2回来ても
また来たい!と思える 実に魅力的な街です。



しかもトルコは親日家が多く
日本で働いていた経験をもつ人や
日本語を勉強している人が多くいます。


イスタンブールの街を歩いているだけで
僕は1日だいたい最低2人に
日本のことを教えてほしい!とか
チャイでも飲んでちょっと日本とトルコについて
しゃべりましょう!とか

ほかの国では怪しいなと思ってしまうところを
この国の人たちはほんまにただのいい人が多いです。

まぁ中には日本語を使って
日本人を騙そうとする人もいることはいますが
基本的には日本に興味があって純粋に話したい人が多いです。


ブルーモスクに夜行こうとしたら
「お兄さん いまお祈りの時間だから中には入れないよ。」
とすれ違いざまにトルコ人のおっちゃんに
ふつーに言われて
あまりに自然すぎたから思わず
「あっ はーい」
って返してしまったほど
流暢に日本語を操るひとがいっぱい。



料理もうまいし
めちゃめちゃ楽しいですよトルコ。































2013.7.13  Thailand  Pattaya より  田畑智英

トルコ・カッパドキア   不毛の地で生きた人々。


ギリシャから船でトルコへ入国。
4年前にトルコに来て
その魅力に取り憑かれての人生2度目トルコ。




ギリシャ・サントリーニ島から夜行船で
トルコのエーゲ海を望むリゾート地ボドルムへ。
ボドルムから夜行バスでカッパドキア観光の拠点ギョレメへ。



相変わらずタフな旅です。
へろへろくんになりそうです。
へろへろくん好きな人ぜひ仲良くなりましょう。



夜行バスでは素敵な出会いがありました。




彼らは同い年のトルコ人で
バカンスでボドルムに遊びにきていたとのこと。

彼らは英語はほとんどわからなくて
トルコ語で基本しゃべりかけてきて
僕はつたない英語とあとは日本語でしゃべってました。


でも話はわかるんだなー。


不思議やけど
“言葉”が通じひん方が
“心”が伝わることが多い。



それは言葉が通じひんときの方が
その人の表情であったり
行動をよく見るからだと思う。


言葉ってつい建前で表現して
内心とは違うことをしゃべってしまうことがあるけど
表情や行動はなかなかそうはいかない。

『目は口ほどにものを言う』
という諺もありますよね。



音楽聴き合ったり
携帯に入ってる家族の画像見せ合ったり
ただただ笑い合ったり
なーんか思い返すと自然に微笑みたくなる
良い時間やったなー。



ケマル達ありがとう。





そしてカッパドキア・ギョレメへ到着。



こんな感じでもう早速イメージ通りの巨岩群カッパドキア。


向こうにいってから知ったんですが
よく聴くカッパドキアって一カ所のことを指すのではなくて
トルコ中央に位置するアナトリア高原に
100㎢にわたって広がる台地のことなんです。
めーちゃくちゃ広いんですねカッパドキアちゃん。
にょきにょきと生える奇岩がそんな広範囲に広がっているのね。
早速の驚き。




ここでカッパドキアをご存知の方も
ご存じない方にももう少しご説明を。









とにかく奇岩の景色が眼前に広がります。

この奇岩達
古くからの火山活動と浸食活動で造り上げられたと
考えられています。


おそらくこの風景は
何千年もかけて今の姿になり

たくさんの日々を越えて
たくさんの歴史を乗り越えて
ここを訪れる人たちに
この地球とは 自然とは
そんなことを語りかけてくれています。


このあまりにも奇異な風景を見た
太古の人はこの地を
見てはいけないものという意味の『ギョレメ』と名付けました。
人の自然に対する畏敬の念を感じ取れます。





そんな見てはいけない
ギョレメという街を起点に巨岩探検ぶらぶら。

見てはいけないというと
『買ってはいけない』
という本が昔流行った事を思い出しました。
僕の添加物を意識するキッカケを与えてくれた本でした。
どこいったかなー。帰ったら探そ。




お花も咲いていて綺麗な場所です。




キノコの山。

キノコの山とたけのこの里のネット検索数で
どちらが検索数が多いかという調査結果が今年4月に出たらしいですが
全国で圧倒的にキノコの山の検索数が多かったようです。
ただ青森県はたけのこの里の大勝利。
なぜ。
ちなみに僕もたけのこの里派です。

参考にどぞ。
http://promo.search.yahoo.co.jp/articles/2013/04/kenminsei_12.html








ここはオープンエアーミュージアム。
直訳すると野外博物館。
ふむ。
英語のままでいきましょう。



この博物館にはなにがあるかというと
キリスト教の洞窟修道院跡です。














なぜトルコにキリスト教の修道院があるのかというと
3世紀半ばにローマ皇帝の迫害を逃れたキリスト教徒が
この地に修道院を建て 移住してきました。


特にネロ皇帝の迫害は有名ですね。
ローマのサン・ピエトロ大聖堂の地で
聖ペテロが殉教する事になったのもネロ帝の迫害時なので
その凄まじさがわかります。


こうした地上にある修道院・住居跡はもちろん
彼らはなんと地下にまで都市を築きあげます。
(地下都市は後ほどご紹介します。)








どんな想いで彼らはこの辺境の地に
移住してきたのだろうか。










トルコではアジア人?
がよくモテます。
理由はわかりません。
珍しいからか?
日本人やからか?

謎深まるばかりですが
特に中学生ぐらいの少年少女に
写真一緒に撮って!とせがまれます。
軽く芸能人気分です。


オープンエアーミュージアムにて


このあともクラス全員に囲まれて(50人ぐらい)
ひたすら写真撮影会。
女の子はかなり近づいて腕組みしてくれたりもします。
結構きゃっきゃゆっててかわいい。
ひゃっほー!


でもほんまになんでなんやろか。
この後のイスタンブールでも同様の事がありました。
このあたりの事情知ってる方がおられたましたらぜひ教えてください。







カッパドキアの地下都市。
この地にやってきたキリスト教徒たちは
カッパドキアの地下にも都市を建設しました。


その数は200から400もあるといわれており
その中でも最大のもので地下16階 
深さなんと150メートルにも及ぶというのには
驚きを隠せません。








居間 寝室 キッチン 
ワイン製造所まで
彼らはこの都市だけで暮らしていける設備を
全て創り出しました。


僕が訪れたこと
デリンクユ地下都市だけでも
推定で6000人もの人々が暮らしていたそうです。





あまりの規模に言葉を失います。
当たり前ですけどエレベーターとかないですからね。
写真のような狭い通路しかなくて
下の階の人が地上近くに来ようとするだけで
一苦労ですよ。


実際に行った感想としては
まず第一に暗いし 狭いし
独特のこもった匂いもするし
人が永続的に生活するような場所ではない
と思いました。

だからこそ6000人もの人が暮らしていたと聞いて
ものすごい驚きと信じられない気持ちでいっぱいでした。


彼らも好きで住んでいた訳ではないと察すると
地下で太陽を眺める日を夢見ながら生活する悲しさと
僕らの恵まれた環境での生活の幸せを感じるのでありました。





敵の侵入を防ぐ石の扉。
















これは通気口と明かりとり。
最新部から地上を見上げています。
自然の光を感じられる唯一の場所です。













カッパドキア。

太古の地球の姿と
そこに暮らした人間の懸命に生きた
生き様を感じられる場所です。





2013.7.13    Thailand  Pattayaより 田畑智英