チリの都 サンティアゴ

チリの首都 サンティアゴ
多分日本にいたら
この街の名前すら
人生でほとんど聞かない街じゃないかな。



僕も来る前は
名前だけかろうじて知ってたぐらい。


来た理由は
イースター島に行く玄関口っていうのもあるけど
やっぱりその国を知るには
首都の状況を見ることが
大事な基準だと思っているのであります。
あくまで基準の一つですけどね。



さて。いざサンティアゴに来てみると
想像していたよりも大都会でビックラこいた。




チリは南米諸国のなかでも
経済状態が比較的安定していて
治安もそれほど悪くはないという話は
聞いていましたが
それを随所に感じ取ることができる場所でした。





高層ビルと歴史的建造物が林立している感じですな。


京都よりははるかに都会。
ビルの規模も、街の規模も。


カテドラル(大聖堂)の息をのむ美しさ。
キリスト教の建築って
荘厳で重厚な感じがして
お寺とはまた違った落ち着きを感じます。






ヨーロッパに行けば
教会に飽きると
旅人はよく言いますが
僕は飽きることはないでしょう。
建築だけでなく
宗教そのものに興味があるので。
おそらく。









サンタルシアの丘という場所が
サンティアゴにはあります。






サンティアゴは1541年
スペイン人の征服者
ヴァルディビアによって建設されました。


征服者ということは
もともとこの土地の人間ではなく
植民地としてこの土地を拓きに来た人間です。


もちろん
もともとこのサンティアゴの土地には
先住民が住んでおり
戦争が起こりました。


このサンタルシアの丘は
征服者ヴァルディビアが
街を征服する拠点として築いた要塞跡です。


かつての争いの歴史は陰をひそめ
現在は公園として市民に解放されています。

















日本という国は
内乱を数限りなく繰り返してきましたが
他国の侵略を受け
征服されたという歴史を持っていません。




オーストラリアもそうですが
チリをはじめとする南米諸国は
他国に征服されたという歴史を持っています。



南米諸国の公用語がスペイン語・ポルトガル語
だとということがそれを物語っています。




察するに
その時代から現在までには
数えきれない民族の問題があったでしょうが



数百年という歳月を経て
現在はかつての先住民、征服者、あるいは混血の
その子孫たちが同じ街で 同じ時を過ごしている。




まとまらんけど
いろんな人種の人々を目の当たりにすると
なんだかいろんなことを考えるのであります。



その日の景色 その街の人々の生活 
あらゆる素材から
本当に毎日たくさんのことを学んでいます。


日々感謝の毎日であります。









2012.2.3   Argentina   Buenos Airesより   田畑智英 

3 コメント:

りぃ。 さんのコメント...

いつも、たっくさんのことを伝えてくれて
ありがとう。

おかげで、京都にいながらにして
新しい知識を得たり、新しい世界を見ることができて
心が充実してます^^*しあわせ!

Unknown さんのコメント...

りぃちゃん*

そう言ってもらえて嬉しおす。
りぃちゃんは京都の最新情報を発信しておくれ☆

履歴書 さんのコメント...

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!

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